神社約3.0km
OMIWA JINJA
大神神社
奈良県 桜井市
日本三文殊のひとつ。快慶が刻んだ七メートルの獅子に乗る文殊菩薩が、五体そろって海を渡る姿で並ぶ。
大化元年(645年)、大化の改新に際して左大臣となった安倍倉梯麻呂が、安倍一族の氏寺として建てたのが始まりと伝わる。当初は現在地の南西にあり、いまの場所には鎌倉時代に移ったとされる。陰陽師・安倍晴明はこの安倍氏の出とされ、境内には晴明が天文観測をしたと伝わる展望台と晴明堂がある。本尊は騎獅文殊菩薩と脇侍四体からなる渡海文殊群像で、鎌倉時代の建仁三年(1203年)頃に快慶が刻んだ。高さ七メートルの獅子にまたがる文殊菩薩を中心に、獅子の手綱を引く優填王、経巻を持つ善財童子、須菩提、そして老いた姿の維摩居士が並び、五体そろって雲海を渡っていく場面を表す。五体すべてが国宝に指定されている。文殊菩薩は智慧をつかさどる仏で、切戸文殊(京都府宮津市)・亀岡文殊(山形県高畠町)とあわせて日本三文殊と呼ばれ、受験期には合格祈願の参拝者で門前が埋まる。参拝すると抹茶と落雁の接待があり、干支をかたどった落雁を持ち帰る人も多い。境内の池に浮かぶ金閣浮御堂(仲麻呂堂)は、遣唐使として唐に渡ったまま帰れなかった安倍仲麻呂と晴明を祀る。堂のまわりを願い事を唱えながら七周する「七まいり」の作法がある。境内の花畑では、秋に約五万本のコスモスで迷路がつくられ、正月には花で干支の絵が描かれる。
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