神社約1.3km
KONDA HACHIMANGU
誉田八幡宮
大阪府 羽曳野市
菅原道真が大宰府へ発つ前夜に立ち寄った社。国宝六件の道真ゆかりの品と、八百本の梅で知られる。
もとは埴輪や古墳の造営を担った土師氏の氏神で、その祖・天穂日命を祀る土師神社として古代に創られた。土師氏は菅原氏・大江氏の祖にあたり、菅原道真はこの一族の出である。昌泰4年(901年)、大宰府へ左遷される道真は、この地の土師寺にいた叔母の覚寿尼のもとを訪ねた。別れの朝、鶏の声に急かされて発たねばならなかった道真が「鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音の なからん里の暁もがな」と詠んだと伝わる。道真の没後、その遺徳を偲んで天満宮として祀られるようになり、土師寺も道真の号にちなんで道明寺と改められた。明治の神仏分離で寺と社は分かれ、現在は道路を隔てて隣り合っている。宝物館には道真が身近に用いたと伝わる品々が納められ、青白磁円硯・玉手箱・伯牙弾琴鏡・銀装革帯など六件が国宝に指定されている。一人の人物にまつわる遺品がこれだけまとまって国宝になっている例は珍しい。境内の梅園には約八十種・八百本の梅が植えられ、二月から三月にかけて紅白の花が開く。この時期には梅まつりが行われ、盆梅展や書道展でにぎわう。参道の脇には土師氏ゆかりの土師社が鎮座し、社殿の前には撫でると智慧を授かるという臥牛像が置かれている。
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