寺院約400m
DAITOKU-JI
龍宝山 大徳寺
京都府 京都市
「玉の輿」の語源とも伝わる紫野の古社。門前であぶり餅を炙る炭の煙が、疫病鎮めの千年を今に伝える。
平安京に疫病が流行した際、都の北に位置する船岡山で御霊会を営んで疫神を鎮めたのが起こりとされ、長保三年(1001年)に社殿が整えられて今宮社と名づけられた。八百屋の娘から三代将軍・徳川家光の側室となり、五代将軍・綱吉の生母となった桂昌院が、生地であるこの地の氏神として当社を厚く崇敬し社殿を修復したことから、「玉の輿神社」の別名で親しまれるようになった。境内の「阿呆賢さん」は神占石と呼ばれ、手のひらで三度叩いて持ち上げたあと、願いを込めて三度撫でて再び持ち上げ、軽くなっていれば願いが叶うと伝わる。四月に営まれるやすらい祭は花の散る頃に疫病が広まるのを鎮める鎮花祭で、赤毛・黒毛の鬼が花傘を囲んで囃しながら練り歩く姿が知られ、京都三大奇祭の一つに数えられている。東門前には創業千年を超えるとされる二軒のあぶり餅屋が向かい合い、きな粉をまぶした餅を炭火で炙る香ばしい匂いが参道に流れる。隣接する大徳寺とあわせて訪ねる参拝者も多い。
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