神社約4.3km
NIUTSUHIME JINJA
丹生都比売神社
和歌山県 かつらぎ町
弘法大師の母が晩年を過ごした寺。女性が高野山に登れなかった時代、ここが女性の高野山だった。
弘仁7年(816年)、弘法大師空海が高野山をひらくにあたって、その政所(まんどころ)として山のふもとに置いた寺。参詣者の宿所であり、高野山を運営する事務所でもあった。空海の母・玉依御前は、我が子を訪ねて讃岐からこの地に移り住み、承和2年(835年)に亡くなるまでを過ごしたと伝わる。高野山が長く女人禁制だったため、女性の参詣者はここまで来て山を拝んだ。そこから「女人高野」と呼ばれるようになり、今も乳がんの平癒や安産、育児を願う人が乳房をかたどった絵馬を奉納する。弥勒堂に安置される木造弥勒仏坐像は平安時代の作で国宝。境内から続く石段を上ると丹生官省符神社があり、そこが高野山へ向かう町石道の起点になる。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産。
実際に訪れた人の記録をウェブから集めています。リンク先はいずれも外部サイトです。
この社寺のレポートは、これから集めていきます。