神社約2.9km
KUNOZAN TOSHOGU
久能山東照宮
静岡県 静岡市
前身は久能山にあった古刹・久能寺。明治に荒廃したのち山岡鉄舟が復興して鉄舟寺と改め、国宝の「久能寺経」や源義経ゆかりの「薄墨の笛」を伝える寺。
静岡県静岡市清水区村松にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は補陀落山。本尊は千手観音菩薩で、駿河三十三観音霊場第22番札所、駿河七観音第6番札所。『久能寺縁起』によれば、推古天皇の御代に秦氏出身の久能忠仁が現在の久能山東照宮付近に建立した堂に始まり、のちに奈良時代の僧・行基が来山して久能寺と号したという。平安時代に天台宗に改められ、建穂寺と駿河を二分する勢いで栄えた。永禄13年(1570年)、武田信玄が久能山に城を築くため現在地に移され、新義真言宗に属した。江戸時代には朱印寺領200石余りを与えられたが、後期から衰退し、明治には無住となって荒廃した。その後、旧幕臣の山岡鉄舟が臨済寺から今川貞山を招いて復興し、寺号も鉄舟寺と改められたため、鉄舟の書跡も多く残る。国宝の法華経(久能寺経)19巻は、永治2年(1142年)の待賢門院の出家に際して鳥羽法皇らが結縁書写したもので、現在は東京国立博物館に寄託されている。ほかに康治元年(1142年)銘の錫杖(重要文化財)、観音堂の木造千手観音像(県指定)、源義経が久能寺に寄進したと伝わる龍笛「薄墨の笛」(市指定)を伝える。
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