寺院約450m
SANJUSANGEN-DO
蓮華王院 三十三間堂
京都府 京都市
真言宗智山派の総本山。長谷川等伯父子が描いた国宝の障壁画と、利休好みと伝わる庭が残る。
紀州根来山の学問所であった智積院は、天正十三年(1585年)の豊臣秀吉による根来攻めで焼かれ、住職の玄宥は高野山へ逃れた。その後、慶長六年(1601年)に徳川家康から京都東山の豊国神社境内の坊舎を与えられ、ここに智積院が再興された。さらに秀吉が三歳で亡くなった息子・鶴松の菩提を弔うために建てた祥雲禅寺の跡地も与えられ、現在の広い境内となった。真言宗智山派の総本山で、成田山新勝寺・川崎大師平間寺・高尾山薬王院はいずれもこの派の大本山にあたる。宝物館に納められる障壁画は、もともと祥雲禅寺を飾っていたもので、長谷川等伯と息子の久蔵が描いた「楓図」「桜図」「松に秋草図」などが国宝に指定されている。二十代半ばで描いた久蔵の「桜図」は、胡粉を厚く盛り上げて花びらを立体的に表す技法で知られ、この絵の完成の翌年に久蔵は二十六歳で急逝した。父の等伯が失意のなかで描いたとされる「楓図」と並べて展示されており、二枚のあいだにある時間の落差が見どころになっている。講堂の東に広がる名勝庭園は、中国の廬山を模したと伝わり、築山と刈込みが池に向かって下る。利休好みの庭とも呼ばれ、五月下旬から六月にかけては刈込みのあいだにサツキが咲く。
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