寺院約5.8km
HORYU-JI
法隆寺
奈良県 斑鳩町
毘沙門天の総本山。境内のいたるところに寅がいて、山門前には全長六メートルの張子の大寅が首を振る。
寺伝によれば用明天皇二年(587年)、物部守屋との戦いに臨んだ聖徳太子がこの山で戦勝を祈ったところ、毘沙門天が現れて必勝の秘法を授けた。その日が寅の年・寅の日・寅の刻であったことから、以来この寺では寅が毘沙門天の使いとされている。太子は勝利ののちに伽藍を建て、「信ずべき貴ぶべき山」として信貴山と名づけたと伝わる。延喜十年(910年)、命蓮上人が醍醐天皇の病気平癒を祈って効験があったことから「朝廟安穏・守護国土・子孫長久」の意で朝護孫子寺の勅号を賜った。この命蓮の逸話を描いたのが国宝の絵巻「信貴山縁起絵巻」で、空を飛ぶ鉢が米俵を運ぶ「飛倉の巻」など、人物の表情や躍動感を軽妙な筆致で描いた傑作として知られる(原本は奈良国立博物館に寄託)。参道の入口に立つ張子の巨大な寅は「世界一福寅」と呼ばれ、全長六メートル、首をゆっくり振り続ける。境内は生駒山地の斜面に広がり、本堂は舞台造りで、そこから大和平野を一望できる。本堂の下には真っ暗な回廊をめぐる戒壇巡りがあり、手探りで進んだ先の錠前に触れると願いが叶うという。麓から寺へ渡る朱塗りの開運橋は昭和六年に架けられた上路式カンチレバー橋で、この形式では日本最古のものとして国の登録有形文化財になっている。
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