寺院約850m
ZUISHIN-IN
随心院
京都府 京都市山科区
醍醐天皇が母の追善のために建てた「山階門跡」。氷室池を中心とした池泉庭園に楼閣風の観音堂が建ち、江戸時代初期の書院造の典型とされる書院は重要文化財。
京都市山科区勧修寺にある真言宗山階派の大本山で、本尊は千手観音。皇室と藤原氏にゆかりの深い門跡寺院で、「山階門跡」とも呼ばれる。地名は「かんしゅうじ」と読むが、寺では「かじゅうじ」を正式な呼び方としている。『勧修寺縁起』などによれば、昌泰3年(900年)、醍醐天皇が若くして亡くなった母・藤原胤子の追善のため、胤子の祖父にあたる宮道弥益の邸宅跡を寺に改めて創建した。寺名は胤子の父・藤原高藤の諡号にちなむ。延喜5年(905年)に定額寺となり、南北朝時代に後伏見天皇の皇子が長吏となってからは、幕末まで代々法親王が入る宮門跡寺院として栄えた。応仁の乱で焼失したのち、天和2年(1682年)に霊元天皇の皇子・済深法親王が入寺して再興され、現在の本堂・宸殿・書院などは、霊元天皇や明正天皇ゆかりの旧殿を下賜されたもの。江戸時代初期の書院造の典型とされる書院は重要文化財で、違い棚は「勧修寺棚」と呼ばれる。境内の西側は氷室池を中心とした池泉庭園で、池に面して楼閣風の観音堂が建つ。
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