寺院約15km
UNPENJI
巨鼇山 雲辺寺
徳島県 三好市
四国八十八箇所第65番札所で伊予国最後の札所。空海が築いた三角形の護摩壇の跡と伝わる「三角の池」が寺名の由来。
四国中央市金田町、法皇山脈の中腹(札所の標高は約355m)にある高野山真言宗の別格本山で、由霊山慈尊院と号する。四国八十八箇所の第65番札所で、伊予国最後の札所にあたる。寺伝によれば、天平年間(730年 – 749年)に聖武天皇の勅願を受けた行基が開いたとされる。弘仁6年(815年)には空海が十一面観音を刻んで本尊とし、三角形の護摩壇を築いて21日間の降伏護摩を修したと伝わり、その跡とされる境内の「三角の池」の中島が寺名の由来という。天正9年(1581年)の長宗我部元親軍の兵火で本尊を残して焼失し、現在の本堂は嘉永2年(1849年)の再建である。本尊は子安観音・厄除観音としても信仰され、妊婦が庫裡の杓子をひそかに持ち帰り、出産の際に床下に置くと安産になるという習わしが伝わる。本尊の木造十一面観世音立像は県指定有形文化財で、60年に一度、甲子の年に開帳される秘仏。小林一茶が寛政7年(1795年)に訪れて山桜を詠んだ句碑も残り、奥之院仙龍寺方面へ続く遍路道の一部は国の史跡に指定されている。
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