神社約84km
HIRAKIKI JINJA
枚聞神社
鹿児島県 指宿市
屋久島・宮之浦に鎮座する多禰国の一宮。『延喜式』神名帳に載る神社のうち最も南に位置し、宮之浦岳の山頂に奥社をもつ。
鹿児島県熊毛郡屋久島町宮之浦に鎮座する神社で、式内社、旧社格は県社。多禰国の一宮とされ、『延喜式』神名帳に記載された神社のうち最も南に位置する。現在は「やく」と読むが、かつては「ますくひ」「すくひ」と読み、「須久比ノ宮」「一品宝珠大権現」とも称された。主祭神は山幸彦として知られる天津日高彦火火出見尊で、大山祇尊・木花開耶姫命尊・豊玉姫尊などを配祀する。もとは島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神を祀ったものと考えられ、宮之浦岳の山頂には奥社がある。創建の由緒は不詳だが、延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳に大隅国馭謨郡「益救神社」と記されたのが文献上の初出とされる。別名「スクイ」については、遣唐使船に備えて島に建てられた牌、すなわち澪標(みおつくし)の「ツクシ」が訛ったものとする説もある。戦国時代に衰微して所在も不明となったが、貞享2年(1685年)に薩摩藩士町田孫七忠以が跡地を探し出して現在地に社殿を再建した。昭和20年(1945年)に空襲で社殿を焼失し、境内の杉約2,000本などを売却して昭和29年(1954年)に現在の社殿が建てられた。春秋の彼岸には村落ごとに御岳へ登る「岳参り」の風習が伝わる。
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